ベクトルデータベースの活用
近年、様々なWebサービスでユーザー体験を向上させるためにAIの活用が進んでいます。中でも「意味の近さ」を捉える「ベクトルデータベース(Vector Database)」は、従来のキーワードベースの検索では困難だった高度なマッチングを実現します。最近では、AIを活用したマッチングシステムのご相談も増えてきたので、本記事では、マッチングサービスにおけるベクトルデータベースの活用について考えてみたいと思います。
従来の検索システムは、「完全一致」や「部分一致」といった文字列の一致に頼っています。たとえば、「在宅勤務」で検索した場合、求人情報に「在宅勤務」というワードがない限りヒットしません。仮に「リモートワーク」や「テレワーク」という言葉を含んでいてもヒットしません。
一方、意味の類似性による検索では、言葉の持つ意味やニュアンスを考慮し、似た意味の表現や概念も拾ってくれます。これは、テキストを「意味を表す数値ベクトル」に変換し、そのベクトル同士の距離を比較することで実現されます。
「働きやすい環境」と検索した場合、ベクトル検索では、「フレックス制度」「ワークライフバランス重視」「残業少なめ」「育児と両立可能」などを含む求人が見つかる。
プロフィールに「安定した職場を希望」と書かれている場合、「老舗企業」「福利厚生充実」「離職率低め」などの表現を含む求人をマッチさせることができる。
この「意味の近さ」を測る技術は、自然言語処理モデルが担っています。これらのモデルは、単語や文の意味を高次元ベクトルに変換します。ベクトル間の距離(例えばコサイン類似度)を測ることで、「意味的にどれだけ似ているか」を数値で評価できます。
word2vecモデルで有名ですが「王様」-「男性」+「女性」→「女王」のような類推が、ベクトルの計算により可能になります。
従来のキーワードベースでは難しかった、「言い回しが違っても意味が近いものを見つける」ことができます。
自由記述のテキストを意味ベクトルに変換して、高次元空間で類似度検索ができるため、構造化されていない情報からも精度の高いマッチングが可能です。
ベクトルの類似度スコアを使って、求人や候補者のレコメンドを実現できます。また、ユーザーの過去行動(閲覧・応募・検索など)をベクトル化することで、興味関心に合った提案が可能にになります。
これらを実現するモデルを開発するには、大量のデータと学習時間が必要ですが、OpenAIをはじめとする生成AIのサービスでテキストをベクトル化する機能をAPIで提供しています。
これらのAPIを利用すれば、独自に大規模な自然言語モデルを用意することなく、API経由で高精度な意味ベクトルを得ることが可能になります。
テキストのベクトル化を行うAPIは、ChatGPTなどのAIチャットを社内で活用する際に、社内の情報を利用して回答させるRAG(Retrieval Augmented Generation:検索拡張生成)という手法の中核となっているものです。
ベクトルを格納、検索するベクトルデータベースも各種サービスが出ています。また、従来のSQLデータベースでも最新バージョンでは、ベクトル型を扱えるものも増えてきています。機能や費用からプロジェクトに最適なものを選びましょう。
現在のAI技術は基本的に、結果に対する説明ができない傾向にあります。
ベクトル類似度に基づくマッチングも「なぜそのマッチになったのか」がブラックボックス化しやすいです。
ベクトルデータベースに限った話ではないですが、データ量が増えるとメモリ使用量も増え検索速度に影響します。また、更新や削除が頻繁な場合、リアルタイム性の担保が難しい場合もあります。
個人情報などセンシティブな内容を含む場合、ベクトルとして保存・共有されることによるセキュリティリスクにも注意が必要です。
ベクトルデータベースを用いた意味検索は、マッチングサービスにおける検索体験を大きく進化させる可能性を秘めています。自然言語の曖昧さを乗り越え、ユーザーの真意に近い提案を行うことで、マッチング精度や満足度の向上が期待できます。
一方で、セキュリティやパフォーマンスの問題もあります。セキュリティに十分配慮したセキュアな設計とパフォーマンスについては、既存の構造化データの検索との併用などが考えられます。